リンクは自由か?

参照:リンク禁止で繰り返される嘘 - kfshの日記

リンクとは何か。

難しい定義かも。

とりあえず、関連性を表すモノ。或るリソース中の情報に関連性を持つ情報の所在を明確にしているモノ。アンカー等が使用されたり。アンカーの処理については、そのリソースが存在する世界のシステムが供与するモノであり、処理の方法は明らかではない。

或る図書に存在するリンク。例えば、引用元や参考文献。システムとしては、簡便にそれを処理する能力を何ら持たないので、図書館なり本屋なりに出向いて、当該資料を自力で参照するか、参照先が Web 上のモノなら、パソコン等を引っ張り出す努力を要す。

というか、(関連性があろが無かろうが)一意の URI を記述するコトが、リンクという解釈もできそう。

それこそ、『闇黒日記の平成十八年九月十八日の項』というような書き方も『リンク』という解釈が成り立つ。

扨。

実は、『リンクは自由である』ことの直接的な根拠は無いと思われるのだ。単純に言えば、『リンクを禁止する』ことの法的根拠が希薄である、あるいは明白ではないが故に、『リンクは自由である』ということになっているに過ぎないのではないかと思われる。

つまり、リンクに関するコト(ああ、狭義のね、WWW に関するものだけ、或いはアンカーを利用するものだけとか)の法制化が為され、許諾の無いリンクは禁止というコトが法律により制定されれば、『リンクは自由ぢゃない』ということになるというコトなんだ。

で、許諾の無いリンクを禁止するだけの正当な理由があれば、法的に認められる(法律化される)んぢゃないかと思われるのだが。

ポイントは『正当な理由』ってあたりだけど、コレは難しいだろうと思う。私有地だろうがなんだろうが、場所を明示することは、現状の法律的には問題ないわけで、そのへんの解釈をどう持っていくかだろうなあ。まあ、ただ、経済産業省電子商取引等に関する準則PDFとかを見ると、リンクに制限を加えられるような解釈も有りそうなので、なんともって感じだけど。

アクセス権については、管理者にコントロール権限が有るけれど、ただ単に場所の情報を記述するだけの、リンクの記述を止めることが出来るかどうかは、現状難しいと思うんだけどなあ。

というか、禁止できるとする法的根拠だけかな、やっぱ。

んでもって、『禁止』って書くのは自由なワケだ、もちろん。現時点では、実効性の無い文句なので、従わなくっても無問題。が、しかし、『禁止』に違反したからアクセスできないようにするのも無問題。とゆーか、禁止に違反したら呪います、とか、報復が法的に違反しないモノなら、何やってもいいんだ。

『リンクは自由』ってぇのは、一意の URI (その体裁を成していないように見えても)を記述すること自体を止める権利は誰にも無さそうである、ってことだけで、そのアンカーが期待通りに機能するかどうかは別問題なんだ。