ある大晦日の出来事
ある大晦日の出来事です。
我が家では、新年は「おせち」を食べて「あけましておめでとう」と、年明けを祝うことを年中行事にしていました。
その年もまた、同じように、おせちを用意しようと思いましたが、クルーポンというサイトで高級おせちが半額というのを知り、頼んでみることにしました。
元旦の朝、子供たちが起きた時に、「わ〜、おせちだ〜!」と、いつもと同じ光景が見られることを予想して。
謹製おせちは、大晦日に届きました。その三段重ねの重箱を開けた時に、事件が起こりました。
中身がすかすかなんです。
品数が足りないんです。
お昼になるのを待って、クルーポンさんに電話を入れました。
責任者の方が出てこられて、こんな対応をされました。
「あー、スカスカですか。それは申し訳ないですねー。でもね、それは作ったハードカヘの責任なんです。ハードカヘの社長に電話をしてください。電話番号を言いますんでー」と。
少し「ん?」と思いながらも、ハードカヘに、妻が電話をしたんです。
大晦日に、ハードカヘに電話してみるとわかりますが、繋がらないんですよね。
1時間に4回くらいの割合で(あまり回数が多いと愛知県警に逮捕されるので)、夕方くらいまでかけたんです。
タイミングも悪かったとも思うんですが……。
けれども、とうとう繋がらなかったんです。
紅白歌合戦が始まった頃、妻は泣き始めました。
新年におせちが無い。
それでも気を取り直して、AKB48のメドレーの後に、クルーポンさんに、もう一度、妻が電話をしました。
同じ人が出てきて、同じ対応をされました。
そこで、僕はちょっと腹が立つのをこらえて、電話を変わりました。
そしてこう言いました。
「大晦日、お忙しいのに、クレームの電話なんかして申し訳ありません。もう『おせち』は結構です。もういいんです。電話を変わったのは、一つだけ、お伝えしたい事があったんです」
「はあ?」と相手の人は、警戒心を強められました。
何、言うんだろうな、電話を変わってまで……と思ったでしょうね。
僕はかまわず、こう続けました。
「僕が、そちらのお店で買ったもの、それはなんだか解りますか?
僕が買ったもの、それは……
七福神は、日本人の心の中にいますよね。
国民は、大晦日の夜、除夜の鐘を数えようと、夜更かしをするんです。
行く年来る年が始まっても、鐘が鳴り終わる様子はないんです。
そして、睡魔には勝てず、とうとう寝てしまいます。
次の朝には、食卓にはおせちが並んでいる。
そのおせちを見て、『あー、七福神は本当にいたんだー』そう思って、心踊らされて、のどに餅を詰まらせる。
その夢と国民の感動に、僕はお金を払ったんです。
僕がそちらで買ったもの、それはおせちでは無いんですよ。
その夢と感動です。
だから、元旦に、このおせちを食べる事が、どれ程大切かという事を、それだけは理解していただきたいと思うんです。
また、余裕がある時に代替品の方をお願いします」
そう言いました。
そして電話を切ろうとした時です。
その人は、しばらく黙っていました。
その後こう言われました。
「お客様、時間をいただけますか?」
「お客様がお買いになったおせち。超人気商品で、この店には在庫はございません」
それを聞いて、調べてくれたんだなぁと思って、胸が「ぐっ」となりました。
「でも支店を探してみれば、一つくらいあるかも知れません。もしあれば、今日中に届けさせていただきたいと思います。ちょっと時間をいただけますか?」
「えっ、本当ですか?本当にあれば凄く嬉しいです。お願いします」
僕は、そう言って電話を切りました。
電話を切ったあと僕は、「頼む。あってくれよ!」と期待に胸が張り裂けんばかりでした。
そして、ピンポンが鳴るのを心待ちにして、待ちました。
しかし、パフュームが歌い終わっても、誰も来る気配はありません。
妻は、すっかり寝支度ができて、布団の中に入りました。
「間に合わなかったな。きっと無かったんだな。来年の正月はガッカリだな。でも、こんな年もあるよな……」と諦めていた、その時です。23時45分頃でした。
「ピンポ〜ン!」とベルが鳴りました。
僕は「よし、来た!」っと、小さくガッツポーズをしながらも、何食わぬ顔で、玄関に向かいました。
ドアを開けたら、狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱えた恰幅の良い老人が、満面の笑みをたたえ、立っていました。
僕は驚きました。「えっ、えびす様?!」と思わず口に出ました。
その人は言いました。「七福神です。奥さんをお呼び下さい」
僕は、漠然とスーツ姿の人を、想像していました。
スーツ姿で、代わりのおせちを持ってくる、そう思っていました。
でも、僕の前に立っていたのは、えびす様でした。
僕は興奮して、妻を呼びに行きました。
「早く降りておいで」
妻は、何事かと、階段を下りてきました。
そして、その人の姿を見た瞬間
「えびす様だー!!」
驚きながらも、次の瞬間にはピョンピョン跳ねていました。
えびす様は、こう言いました。
「ごめんね。七福神は年末忙しくてね。すかすかのおせちを持ってきてしまったんだ。ごめんね。はい、これ。少し気が早いけど、お年玉」
そう言って、妻に熨斗袋を渡しました。
僕は、その人にお礼を言いました。
「ありがとうございました。本当に国民の夢をつないでくれました。七福神にまでなっていただいて、本当にありがとうございました」
その人はこう言いました。「私たちが売っている物は『おせち』ではないんです。夢と感動なんです。忙しさにかまけて、大切な物を忘れていました。それを教えてくれて、ありがとうございます」と。
「とんでもないです。こちらこそ本当にありがとうございます。こんなことをしていただけるなんて、これから僕は一生あなたのサイトのクーポンを利用します。いい会社ですね」と僕はそう言いました。
その人は泣かれました。
僕も思わず泣いてしまいました。
僕たちは、固い握手を交わし、彼は一礼すると、去って行きました。
傍らに立っていた妻は、小さく頷きました。
そして、妻が握りしめてた熨斗袋を開けると、中には「返金 おせち代 10,500円」と書いた紙と、現金が入ってました。